京都三大祭の一つ葵祭の由来や起源は?見所は観光向け?

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日本が誇る古都である京都。

平安時代から続く王朝文化が現代にも残り、多くの祭が現代にまで伝えられています。

そんな京都の祭の中でも、葵祭、祇園祭、時代祭は京都三大祭と呼ばれています。

その中でも春に行われる葵祭について、名前の由来、歴史、祭の見所について紹介していきます。

歴史を知ることで祭りをより楽しめるものにしましょう。

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葵祭の名前の由来は?

葵祭りは、賀茂御祖神社(下鴨神社)と賀茂別雷神社(上賀茂神社)の例祭で毎年5月15日に行われます。

古くは賀茂祭と呼ばれ、平安の貴族の間では、祭=葵祭と連想させるほど有名な祭でありました。

賀茂祭が葵祭と呼ばれるようになった由来は、江戸時代にあります。

応仁の乱ののち1693年まで約200年の間、賀茂祭は中断していましたが、1694年に祭が再興されました。

祭り当日、いたるところを葵の葉で飾るようになったことから葵祭と呼ばれるようになったとされています。

現在は、葵祭りの他にも「北の祭り」(石清水八幡宮の祭りを「南の祭り」という)なんて呼ばれることもあるそうです。

葵祭の起源はいつから始まった?

葵祭の起源は、今から約1400年前の欽明天皇の頃にあります。

当時の日本は風雨が激しく作物が育たなくとても苦しい状態であり、それをどうにかしたいと思った天皇から勅命が出て、当時賀茂の大神の崇敬者であった卜部伊吉若日子が占いを行いました。

占いの結果、賀茂の神々の祟りが被害の原因だということがわかり、祟りを鎮めるために4月の吉日に祭礼を行ったところ、風雨被害はなくなり再び作物も育つようになりました。

そしてこの祭礼は819年に国家的行事になり、途中行事を行わない時期もありましたが、現代まで伝統が続いているのです。

これが葵祭の起源とされています。

葵祭の内容は観光向け?見所は?

葵祭の特徴は、国家的行事として行われてきた背景があるため、王朝文化が残されているということであります。

祭儀は、現在「路頭の儀」と「社頭の儀」が行われています。

 

特に見所なのが、「路頭の儀」です。

500名以上の人が平安貴族の姿で列を作り京都御所を出発し、下鴨神社を経由し上賀茂神社へ向かいます。

列の中には、馬、牛、牛車、輿などもあり、その行列の姿は大変風雅であります。

平安時代にタイムスリップしたようなそんな気持ちになるかもしれません。

歴史好きならきっと満足できる光景ですよ。

 

行列は、なんと約8kmの道のりにもおよびます。

行列の先頭から最後まで見るとだいたい1時間程度かかります。

 

行列が下鴨神社、上賀茂神社に到着した際に「社頭の儀」が行われます。

天皇の使いである勅使が神前で祝詞を読み上げ、神馬の引き回しや、舞人による東遊(あずまあそび)が行われます。

 

見所である行列は、一般客も見ることができますので観光向けと言えます。

行列をゆっくり堪能したいなら、京都御苑と下鴨神社参道に設置される有料観覧席を購入するといいでしょう。

また、当日は人でかなり混雑します。

立ち見だと場所取りをしなくては前列で見ることはできませんので、行列を目的に祭りを見に行く人は有料席をお勧めします。

料金はだいたい2,000円くらいです。

有料席は日陰もなく、日傘を差すことも禁じられていますので、日焼け対策や熱中症対策は万全に望みましょう。

まとめ

葵祭の歴史について簡単に紹介してきました。

葵祭が行われる5月15日は、京都の天候は不安定で雨が降る可能性が高いです。

有料観覧席を予約された方は、念のため天気予報を確認し雨カッパなどを用意する必要があるかもしれません。

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